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2001'05.07.01:57

旅(4)

遍路記録 1徳島県「発心の道場」4月5日~4月11日 7日間

遍路記録 2高知県 「修行の道場」4月12日~23日 12日間

遍路記録 3愛媛県 「菩提の道場」4月24日~5月6日 13日間


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遍路記録4 香川県 「涅槃の道場」5月7日~13日 7日間

33日目 5月7日

  66番 雲辺寺
  67番 大興寺
  70番 本山寺
  69番 観音寺
  68番 神恵院

    民宿岡田を出ると雲辺寺への登山道へすぐに入る。
 3時間を予定していたが2時間で寺に着いた。



かなり体力がついている事に我ながら驚いた。雲辺寺から山を下ると
 おじいさんが道端の木陰にじっと座っている。遍路が来るのを
 毎日待っているという。小さなビニール袋には缶ジュース
 等が数本入っている。「お遍路さん、休んで行きなさい」
 彼の差し出す缶コーヒーは冷たくて本当に美味しかった。
 ひとしきり話しをして分かれたが、毎日毎日遍路の為に
 こうして接待をしていると聞いた。頭が下がる。

  今日の予定をみてもらうと解るが寺の順番が狂っている。
 これは道順を考えて効率良く周るための工夫である。
  67番から2時間ぐらいして70番について納経している時
 に事件は起きた。私は祖母の為に白衣に朱印を押して
 もらっていたが67番の寺にその大切な白衣を忘れて
 しまったのだ。全身から力が抜けた。また歩いて前の寺まで戻れば
 往復4時間!!そんな体力は残っていない。仕方なくタクシーで
 白衣を取りに戻る。久しぶりに乗った車はまさに麻薬。
 苦労して歩いた2時間はわずか10分である。白衣は無事に
 戻り再び70番に戻り朱印を押してもらう。今回の遍路で
 唯一乗った車であるが前進した訳では無いと自分を慰める、、、
  68番と69番は同じ敷地に隣接してる。何だか得した気分である。

   宿 ビジネスホテル観音寺

34日目 5月8日

  71番 弥谷寺
  73番 出釈迦寺
  72番 曼荼羅寺
  74番 甲山寺
  75番 善通寺
  76番 金倉寺

  こんなにたくさんの寺を回ってしまって良いのだろうか?
 そんな感じの一日、今になって思い返すと、40番の寺で
 3分の2は終ったと言われた意味が判った。88ヶ寺であるが
 最後の寺はかなり近接しているのである。高知県では3日も
 歩いても次の寺に届かなかった事が嘘のようである。

  足は痛みに慣れはしたが楽になった訳ではない、寺に着いたら
 靴を脱いでゴムゾーリに履き替えて足を休めることにしている。
  このゴムゾーリは宿に着いたときも便利である。
 履物が無いととてもではないが登山靴で町を歩く気にはなれないが
 ゾーリは軽いし裸足でいいので足を休めるにはもってこいである。

 足は慢性的に裏が痛むがマメは出来ていない。これは毎日張っている
 テーピングのお陰である。
  靴の選択には様々な意見がある。現在の遍路道は80%以上が
 舗装道路ですので軽いスニーカーでも歩く事は出来る。しかし
 山道を歩くにはくるぶしをカバーしていないと足首をいためて
 しまう事が有るので私は登山靴を選んだ。途中でワラ草履で
 歩いている人に出会ったが軽くて良いそうだ。昇り道は足袋の
 かかとの部分に水をしめしてすべりを止めるそうだが、石が
 草履を突き抜けて刺さる事があるそうだ。登山靴でもなるべく
 軽い物を選ぶ事が肝心だろう。

 宿 旅館金龍

35日目 5月9日

  77番 道隆寺
  78番 郷照寺
  79番 高照院
  80番 国分寺

  思い出して書いているが一日で参拝出来る寺が多い日は
 なかなか思い出せない。苦労してやっとついた寺の事は
 すぐに思い出す事が出来るのに、、、

     宿 えびすや旅館

36日目 5月10日

  81番 白峰寺 
  82番 根香寺
  83番 一宮寺

     遍路をはじめた頃には毎日先に進む事しか考えていなかったが
 残りの寺が少なくなってくるとなんだか名残惜しい、、
  83番の寺で以前同宿した青森の遍路(A)さんと出合った。たいへんに
 道に苦労しているようで一緒に歩く事にする、このときには
 最後の最後まで一緒に歩く事になるとは思いもしなかった。
 遍路にとって頼りになる道しるべはへんろ道協会の方が張ってくれた
 シールである。牛乳ビンのふたぐらいの大きさで赤で道の方向が示して
 有る。これがしばらく見当たらなくなると非常に不安になる。
 一度道からはずれてしまうとこのシールになかなか出会えなくなる。
 そうなったら思い切って戻る事も解決方法の一つだろう。
    宿 イーストパーク栗林

37日目 5月11日

  84番 屋島寺
  85番 八栗寺
  86番 志度寺
  87番 長尾寺

  屋島寺は源平の合戦で有名な壇ノ浦を見渡せる高台に有り眺めがすばらしい。

  

今日の宿についてしまえば残りは88番だけとなりなんだかとても寂しい。
  長尾寺で尺八を吹いている遍路がいた。宿について寛いで
 いるとAさんがやってきた。食事は5人ぐらいの遍路さんと 
 一緒に食べる。どの人も明日は結願という安堵感からか話がはずむ。

Aさんとは明日は同行する事にする。私の父と同年代のAさんは
 以前に東京から青森まで歩いた事があるそうで、当時新聞にも
 掲載されたそうだ。四国で遍路をはじめてすぐに足を痛めて
 入院し、退院後地元の人が車でAさんを乗せて寺を何日も回ってくれたそうだ。
 話を聞くととにかく道に迷うようで方向感覚はそうとう悪いようだ。
 宿 あずまや旅館
   女将さんが親切でおすすめ。

38日目 5月12日

     88番 大窪寺



    結願(ケチガン)の喜び。

 最後の女体山越えは最後の難関
 なんで最後にこんなに厳しい峠が有るのかとうらめしく思う
  大窪寺はのびのびとしていて開放的だ。境内でのんびりと
 時間を過ごす。バス遍路の人たちにとっても感動なのだろう
 あちこちで歓声が聞こえる。Aさんに写真を撮ってもらい
 食事を食べて大窪寺を後にして1番へのお礼参りへと出発する。

    <お礼参り>は遍路をスタートした寺へ結願の報告と道中無事の報告を
 する慣例である。別にこれをしないといけない訳ではないが
 納経帳にお礼参りの項目が有るので行かねばなるまい。

    Aさんは私の先導で必死についてくる。彼にとってはやはり
 少し早いペースのようだ。Aさんは1番への途中の10番のそばの宿に泊るという。
 私は初日に泊った寿旅館にどうしても泊りたくて歩き続ける。
 寿旅館のご主人は私が予想より早く周って来た事に驚いたようだ。
 歩き遍路で体重が増えた人は「あんたぐらいだ!」と笑われる、、
 結願記念の手ぬぐいをいただく。

 宿  寿旅館(遍路の初日にまた戻って来ますと約束した宿)

39日目 5月13日

    1番 霊山寺

  4月5日にこの寺を打ち始めて39日で四国を徒歩で1400キロ余
 88の寺を巡礼衣装に身を包み、多くの方の暖かさに触れながら
 自分の弱さに鞭打ちなんとか辿り着いた。

 今日もこれから遍路の旅に出発するかつての自分のような新米遍路たちで賑わっている。
  この旅は私にとって何だったのかはまだはっきりとした答えは出ない。
 遍路はこれからの日常に有るのかもしれない。

 追記 この後高速バスで大阪の難波に出る。1泊して翌日高野山に詣でてその日の新幹線で  東京に無事帰還。  感謝

   
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