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2001'04.12.01:53

旅(2)

遍路記録 1徳島県「発心の道場」4月5日~4月11日 7日間

遍路記録 2高知県 「修行の道場」4月12日~23日 12日間

遍路記録 3愛媛県 「菩提の道場」4月24日~5月6日 13日間


遍路記録4 香川県 「涅槃の道場」5月7日~13日 7日間

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遍路記録 2 高知県 「修行の道場」4月12日~23日 12日間

8日目 4月12日

徳島県を出て高知へ向かう。24番最御崎寺までの83キロ
を2日かけて歩く。精神が鍛えられる修行の始まりだ。

途中はほとんどがアスファルトの国道で肉体的にも、
精神的にも負担がかかる。
国道の脇の歩道は普段歩いている時には
別に気にならなかったが、水はけの為に多少傾いている。
これが歩いていると片方の足だけに体重がかかって
片足への負担が重い。

よたよた歩く私の傍らを団体の遍路さんを満載したバスが
猛スピードで走り去って行く。
彼らが2時間もかからずに着く寺へ、私は2泊3日でたどり着くのだ。
でも彼らには見えない道端の花が私へのご褒美なのだ。

今日は35キロ先の海部町をめざす。
これまでの行程で自分なりのリズムが出来つつ有る。
1時間歩いては15分程度の休憩を繰り返す。
お店の軒先などに遍路用のベンチやイスが置かれている
のが本当にありがたい。靴を脱いで足の裏を揉んだり
熱を冷ましたりする事が足のマメを防ぐようだ。

朝 5時 には宿を出て、10時間を上限に歩く。
10時間以上歩く事は可能だが宿に着くのが遅くなり、
足の疲労が取りきれない、、、

目標としては 2時 には宿に着き、洗濯や風呂を
早く済ませる事が疲れを取ることに役立つ。
平地ででは35キロ~40キロは歩けるが途中に山昇りがあると
極端に速度が落ちる、、、
山登りでは時速は2キロ以下に落ちてしまう。しかし山の中は空気が
綺麗で車も排気ガス充満のトンネルも無いので気分は最高だ。
噴出す汗も少し座りこんでいると冷たい風であっというまに引いてゆく。

古い遍路道をなるべく歩くようにしよう!

宿 みなみ旅館
  08847-3-1373
  この宿はお薦め出来ない!

9日目 4月13日

今日も寺は無い、歩いても歩いても目標が無い
単調なリズムで歩くときに金剛杖が役に立つ
杖は長いので後ろに強く押すことで体が前に
強く押し出されてともするとゆっくりとなる
歩きのスピードを保つ事が出来る。
杖についた小さな鈴が鳴るのもリズムが取れて
はずみがつく、、

左手に大きく広がる海に気分が慰められるが、
海沿いの国道をずっと進むのでとにかく飽きる。
今日は33.5キロの行程で24番の手前15キロに宿を
設定しているのでさほど急ぐ事もない。

途中の浜辺はサーファーでにぎわっていた。
宿にもサーファーが泊っていた。
この宿は家族がみな協力して頑張っているようで
後継者も心配ない。料理もおいしかった。

宿 民宿とくます
  08872-7-2475
  ここはいいね、お薦めです。

10日目 4月14日   

  24番 最御崎寺
  25番 津照寺(しんしょうじ)
  26番 金剛頂寺 

24番室戸岬の最御崎寺に8時半に着く。



前の寺から2泊3日で到着、、、
室戸岬というと台風の予報などで聞いた事はあってもまさか歩いて来るとは、、
弘法大師はこの岬で悟りを開いたらしいが、私は何も変わらないのか?

相変わらず朝の5時には宿を発って歩いているので境内は人も少ない。
遍路の姿は徳島では歩いていてもたくさん見かけたが
高知県に入ってからはめったに途中で会う事も無い。
宿で出会った人たちは今頃どこを歩いているのだろう?

25番から26番と寺は近くて張り合いが出る。

宿は吉良川<キラガ>という由緒ある街。
古い白壁の住居が並んでいて美しい。宿の手前に古い
屋敷を喫茶店に改装した店に入る。



遍路を始めてからこんなに気分的に
余裕が感じられたのは初めてだ。だいぶ余裕が出てきた
のかも知れない。cafeの名前は<蔵>
良い感じの喫茶店だった。道路の脇によく見かけた
無人の販売所で売っていた<小夏>のジュースを
注文した、小さな夏みかんのような小夏は
すっぱくてたいへんに気に入ってしまった。

宿は私一人きりで素泊まりのみなので
愛用のビーチサンダルを履いて散策。
夕食は近所の居酒屋に入る。地元の人に歩きで回っている
と言うとしきりに関心されてビールをとにかく薦められる。
高知の男と酒をくみかわすのはかなりキツイ。
彼らのカウンターにはビールの空き瓶が10本以上
置かれているのだ。
地元の人でも歩き遍路は少ないというより居ないそうだ。

かなり酔ってしまった。
今日は本当に楽しかった。始めて感じた余裕の1日。

宿 民宿ホワード
  素泊まり3500円
  安いが寝具などは快適でした。

11日目 4月15日

   27番 神峯寺

寺へは本当に急な昇り坂。ばてた!

寺への上り坂の入り口の民家に荷物を預けて登る遍路も
多いようだがあいにく人影も無かったのでリュックをしょったまま登る。
これが胸突きというような急なところも有ってふらふら、、、
途中の休憩では素晴らしい眺めに癒される。
寺からの帰りは登ってきた坂をひたすら戻るのみ、
同じ道を戻る事はどうにも辛い。

ここからの記憶が定かでないが、とにかく海沿いを
ひたすら歩く。はるかかなたに町並みがかすんでいる
「あそこまで行くのか?」
考えると気分が滅入る。

途中の道端で<アイスクリン>というキャンディーとアイスを、
足して2で割ったような物を暑さしのぎに食べた。
高知ではあちこちの公園などで小さなノボリを立てて売っている。
1日何本売れるのだろうか?大きなお世話な事を考えたりした。

昨日は快調だった足が今日はかなり痛む。
足の痛みとの戦いだが言葉に出来ない。

阪神がキャンプを張る安芸が今日の宿がある目的地
ホテルに着いて食堂で<から揚げ定食とかつカレー!!>を
たいらげてしまった。
自分でもこんなに食べられる事が不思議だ。

これが体重増加の危険なサインだったのだ。

宿 ビジネスホテル弁長
  素泊まり4800円

12日目 4月16日

   28番 大日寺
 29番 国分寺
 30番 善楽寺
コースは高知の市街に入った。

30番についたのが14時過ぎ。
29番からの道のりが本当に長く、道しるべの分かり にくさも有ってまいった。
車の起こす風と排気ガスは遍路の大敵!せまくて
歩道さえ無い国道は車がすぐ横をすりぬけるので怖い。

30番善楽寺の宿坊も寺のそばの宿も満員で今回の遍路で初めて断られる。
その結果1時間以上かけて次のホテルを目指す。
いやはやこの1時間は3時間以上に感じた。
足はひきずっているよう状態。

ホテルで洗濯をしていると小鳥が駐車場の
上をくるくると旋回している。変わった飛び方だなと
しばらく見ていて蝙蝠(こうもり)だときずいた。
蝙蝠を見たのは始めての事でしばらく見とれてしまった。
宿 ビジネスホテル空港

13日目 4月17日

   31番 竹林寺
 32番 禅師峰寺
 33番 雪渓寺
 34番 種間寺

竹林寺でろうろうと経を読む坊さんとおぼしき遍路に出会った。



寺のかなり手前でも彼の読経は聞こえたのだが
近くで聞くとマイクでも使っているぐらいのボリュームだ。
私のは蚊が鳴いているようにかぼそいのである。
この坊さんには次の寺でもその次でも出会った。
彼は車で回っているらしいが寺で1時間以上お経をあげるらしい。
形ばかりで心のこもっていない参拝を繰り返している私には
耳の痛い読経だった。

宿 ビジネスイン土佐
  素泊まり

14日目 4月18日

   35番 清滝寺
 36番 青龍寺(しょうりゅうじ)

朝荷物をホテルに置いたままで35番を目指す。
またまた苦手な<打戻り>である。
しかし荷物は納経道具だけで足取りも軽い。
35番は小高い山の中腹にあり。境内からの眺めが気持ちがいい。

同じ道を戻るはずが油断して迷った。
なんとかホテルに戻り荷物を背負って36番へとひたすら歩く。
青龍寺の手前で車で遍路をしている方に
1000円の接待をいただいた。ありがたい!

36番を参拝してから宿までの20キロが
果てしなく長く苦しい。リアス式海岸なので反対岸がつねに見えている。
泳いで行きたいぐらい近くに見えるのだが歩くと時間がかかるのだ。

緑色の文字の文章は<国民宿舎 土佐>のHPからの抜粋です、、、
こうした文章に遍路への心配りが溢れている。
歩き遍路さんへ
まだまだ元気な人   三十六番札所・青龍寺から奥の院への登り道を15分登って下さい。
もう歩けない人     三十六番札所・青龍寺からご連絡いただきましたらお迎えに伺います。
青龍寺までたどり着けない人  途中からご連絡いただきましたらお迎えに伺います

上の文章でも判るように多くの歩き遍路がこの辺りまで来ると足の痛みなどに悩まされている。

ほとほと疲れ果てて途中で道端に座り込んで動けなくなってしまう。
足の痛みがひどいのと慢性的な疲れだった。
電話で今夜の宿に「後どのくらいで着くのか見当がつかない」と言うと。
「あんたの居る所から何が見える?」と聞かれた。
 「大きなコンクリート工場だ」と答えると。
「もうすぐだよ」と言われ気力が少し出る。結果はそれからさらに1時間以上かかったが
やっとの思いで宿に着く。時速2キロ以下のスピードかもしれない。
足は崩壊寸前だ。

宿の女将さんが<ブンタン>をむいてくれる。
グレープフルーツのような形状のみかんだが
おいしかった。歩いている途中の無人販売所に山ずみ
になって売っているがどれも5個ぐらいが袋ずめになって
いるので重すぎて手が出なかった。なんでも当り
はずれが有るのでこんなに美味しいのは珍しいと
言っていた。ここにもショーケンが泊ったらしい。

宿 司旅館
 建物はぼろですがご夫婦が遍路を大切にしてくれる。

  15日目 4月19日

   37番 岩本寺

宿から37番までは35キロ、足を引き摺りながら
歩くがなかなか進まない。
記憶も定かでない。

今日の宿は寺のすぐそばである。
多くの遍路相手の宿は後継者がいないらしい
遍路は現在ちょっとしたブームだが多くの遍路は車で移動するので
宿は寺のそばである必要は無いのである。
大きな旅館に客が流れて遍路宿は衰退の一途をたどる。

今日の旅館の女将さんもたった一人で切り盛りしている。
階段を後ろ向きに昇っているが膝が痛むらしい
10年後はほとんどの遍路宿はつぶれてしまうのでは?
心配だ。車をつかう巡礼は10キロ20キロ先の宿へ
足を伸ばすのは簡単だが、歩き遍路はそうはいか
ない。行程を伸ばせても5キロがいいところで
無理をしてしまうと、次の日は思うように進めない。
新しい宿ができるのだろうか?そうは思えないな。
「野宿も覚悟」となるのかもしれない。

宿 伊予屋旅館

16日目 4月20日

38番金剛福寺への87キロは全行程の中でも指折りの長さ、
この間 3泊!である。今日は35キロ先の宇宿をひたすら目指す。
高知県が<修行の道場>と呼ばれているのが実感出来る。
肉体的にも単調な毎日に精神的に疲れが出るようだ。
うすき旅館に着くと宿には誰も居ないのでかってに上がって待つ。

この宿の主人はかなりの趣味人で庭に古い
ポルシェが置いてあった。現在は息子が庭に
ペンションを建てて後を引き継いでいるらしい。
夏は客も多いのだろうが今はさびしい状態。

話をしていると話題がショーケン(萩原健一、
彼は四国では有名な遍路さん)の話になった。


ある日彼が突然予約もなくこの宿にたどりついた、
完全に足を痛めたようで「もーだめだ、これ以上
歩けない、帰ると」わめいていたらしい。ご主人は
「まー帰るのはいつでも帰れるから、、」と慰めて
車を飛ばして隣街からうまいマッサージさんを
呼んで来て治療をしたところ、ショーケンの痛み
が嘘のように治って、階段を嬉しそうに何度も
昇ったり降りたりしていたらしい。
その後「必ず、最後まで歩いて帰京したら必ず手紙を
書きますから、、、」といっていたが後日手紙は
こなかったらしい
彼らしいエピソード。<笑い>
ショーケンは四国では高倉健より有名です!!  <笑い>

宿 うすき旅館

17日目 4月21日

今日もひたすら歩くのみ。
宿からまだ暗いうちに出る。近所の自動販売機のコーヒーを飲んで目を覚ます。
雨がかなり降っている。ポンチョをかぶるが汗でむれて、
雨で濡れているのと変わらない。

この辺まで来るとあまり遍路さんと会わないのも寂しい。

お昼は途中のガレージの屋根を借りておにぎりを食べた。
今日の宿は私が思い出してみても一番印象に残った宿。
ご主人は昔捕鯨船の乗り組み員で海の男、奥様は
本当に遍路の気持ちを解る方でした。田舎が無い
私ですが、故郷に帰るとはこんな感じかな?と感じました。
料理は漁業組合員の特権とかでなかなかとれない
旭ガニ<あさひがに>を出してくれました。蟹は
苦手な私ですが、気持ちが嬉しくてきれいに食べま
した。その他海の幸が食卓に満載でした。
「ごちそう様でした。」

宿 民宿旅路
  お薦めです。

18日目 4月22日

   38番 金剛福寺



朝はご主人がバイクで先導してくれる、
「ここが間違いやすい、、、、、」等親切に教えてくれる。
奥様は歩いている私が見えなくなるまでずっと手を振ってくれる。
私も振り返り振り返り手を振った、、、
いい人達だ、心から遍路の事を思っている事が伝わる。

今日は荷物を民宿旅路に置いて38番に参りその足で、
全く同じ道をUターンして戻って来る。
<打ち戻り>というのだが全行程でもこの戻りの距離は長い。
しかしリュックを背負っていないので足取りは軽い!!!!
いかに荷物の重みが行程に影響を与えるかが実感できる。
足摺岬の山頂にある金剛福寺はかなり観光地化していて
賑わっている。掃除が行き届いた境内が気持ち良い。
昼には38番を参り、来た道を折り返す。
どこか眺めのいいところで作ってもらった弁当を
食べようと場所を探す。

海を見下ろす岸壁(100メートルの断崖)に座り込んで食べていると
後ろの道を行く車が何台も止まって私を見ている。
なんでかな? その時は分からなかったが、
疲れきって<靴を揃えて脱いで断崖に座っていた>ので自殺でもする
んじゃないかと心配していたのだと後で気が付いた。<苦笑>

民宿旅路に戻り荷物を受け取りさらに来た道を引き返す。
この同じ道を戻るのは本当にきつい。

宿 民宿くもも写真が豊富なサイトです。

19日 4月23日

   39番 延光寺

今日から北を目指す。海とはしばらくお別れだ。
山間の道は空気もうまく、車も走っていないので安心だ。
途中で寝転んで休んでいると車が止まって声をかけられた。

「大丈夫ですか?乗っていきませんか?」

本当にありがたいが一度乗ってしまったら最後で
苦しいときに何度でも車に頼ってしまうのが判っている。
丁重に辞退した。

延光寺のそばに無人のお土産屋さんが有ったので
妻の誕生日用のプレゼントに刺し子の巾着袋を買った。
料金は箱に投げ込んで置くのだ。
遍路は悪い事は考えない!という信頼の証です。
宿はとても古く <五右衛門風呂> 初体験、、、
ここでお遍路の天敵は

1 車、特に猛スピードのダンプ
2 アスファルト道
3 長いトンネル内の排気ガス
4 雨

宿 若松旅館
  お薦め出来ない。


教訓

高知県に入ると寺と寺の間隔が非常に長く単調です。
海を左にずっと見ながらの国道を歩く事になります。
精神的に非常にキツイ行程。
しかし実際には高知に入ってしばらくすると全行程の半分に到達している。
寺は少ないが距離的には伸びると自分を慰めましょう。

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