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2001'04.24.01:56

旅(3)

遍路記録 1徳島県「発心の道場」4月5日~4月11日 7日間

遍路記録 2高知県 「修行の道場」4月12日~23日 12日間

遍路記録 3愛媛県 「菩提の道場」4月24日~5月6日 13日間

遍路記録4 香川県 「涅槃の道場」5月7日~13日 7日間

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遍路記録3

愛媛県 「菩提の道場」4月24日~5月6日 13日間

20日目 4月24日

 40番 観自在寺



  目覚まし時計はほとんど使わないで4時頃には自然に
 目が醒める。不思議である。
乱れた体内時計が正確に作動するのかも知れない。
 夜明けとともに活動し夜の暗さで眠りに就く。
 遍路は毎日が自然のリズムとの調和を
 取り戻す作用が有るのは間違い無い。
   宿に着くと1番にするのは洗濯。
 シャツとズボン 靴下は登山用の速乾性の物を買ってきてよかった。
 次の日には室内でも完全に乾いてくれる。  登山用品は本当に良く出来ている。
 値段は多少高くても価値が高い。
 白衣は木綿なので乾きが悪いので、乾燥機が
 有る宿でのみ洗う事にしている。

  持っていて便利な物は5メートル程のビニールのヒモだ。
 宿について洗濯をするがほとんどの場合は部屋に
 あるハンガーが足りない。そこでヒモを張って
 洗濯物を干すのである、ビジネスホテルに泊まった
 時には本当に助かった。毎日清潔な衣装でいる
 事は歩き遍路には特に必要である。野宿で遍路を
 している人はどうしても白衣などが汚れがちに
 なる事に注意したい。軽いので洗濯バサミも
 数個持つと便利だ。

   今日から新しいステージ愛媛県に突入。高知県は長く
 苦しかったが今日からは心機一転だ!

 宿 山城屋

21日目 4月25日

    今日は山城屋から25キロの新橋旅館まで進む。
 時折こうして適当な距離に旅館が無い場合が
 出てくるがこうした時は割り切ってのんびりと
 歩く、気分が非常に楽である。昼頃には宿の
 近辺に着けるので充分に休養する。それでも
 5時から歩いているので7時間になる。

  理想的な宿は次の寺の10キロ弱ぐらい手前。
 翌日5時に歩きはじめて7時過ぎ頃に寺に着くと
 団体客も居ない静かな寺で気分が良い。
 記帳が7時からなので寺に近すぎても意味が
 無いのだ。
 それに加えて歩き始めてから2時間ぐらいで寺に
 ついてその日の弾みが付く。

 宿のすぐ前の定食屋さんで昼食を食べて
 店の女主人と話す。
 しきりに「えらい えらい」と繰り返すので
 恐縮してしまう。歩き遍路に四国の人は優しい。
 料金を払ったら一度お金を受取り、そのお金を
 御接待ですと言って返してくれる。本当に
 簡単そうで出来ない事だと思う。

 明日は41番まで22キロだ!

 宿 新橋旅館

22日目 4月26日

  41番 龍光寺
  42番 佛木寺
  43番 明石寺
  松尾トンネルは長く、排気ガスが辛かった。
 手前から旧遍路道にそれる予定だったが道が判らず
 トンネルに突入してしまった。後悔!!

    宇和島郵便局の近くの喫茶店NOZUで久しぶりに
 美味しいコーヒーを飲んでリラックス。バナナを
 接待してもらう。

  佛木寺からすぐに遍路道に入り歯長峠を越える。
 この峠はかなり急勾配できつい、下りは雨による
 路面が流されている個所が多く極めて歩きにくい。

  明石寺には3時半に到着、足が強烈に痛む。
 峠越えが効いてる。宿は寺から近いはずだがなかなか
 見つけられない。泣けてくる。

 宿 松屋旅館

23日目 4月27日

    43番から44番は距離にして75キロ。2泊しながらの
 行程。今日は十夜ヶ橋を経て内子町にいたる35キロ。
 内子の町は一度来てみたかったので足取りも軽い。
 お目当ては内子座、残念ながら出し物がかかって
 いなかったので中は見ることが出来なかったが古い
 劇場を大切にしているこの町はもう少しゆっくりと
 時間をかけて散策してみたかった。宿には内子座の
 版画ポスターがたくさんかかっていて楽しい。料金
 は高い宿だが施設も素晴らしく風呂も最高だ。宿帳に
 記入したときに以前に2泊ぐらい同宿した人の名前が
 見えた。2日前にここに泊っている。どこで抜かれて
 どうして2日も早く進んでいるのか理解出来ない。
 速さは問題では無いが人間の一日に歩ける距離は
 そんなに違いは無いはずだ。判らない!!

 宿 松乃屋旅館

   値段は高いが良い宿です。

24日目 4月28日

  次の宿まで約30キロ。予定どうり2時には宿に着く。
 この宿から明日は45番から44番へと逆に周る、
 通称<逆打ち>で行く。地図では富士旅館と書いて有るが
 現在はリバーサイド富士と変わっている。

 宿 リバーサイド富士

25日目 4月29日

  45番 岩屋寺
  44番 太宝寺

  雨に打たれながら岩屋寺まで山の中の遍路道をひた
 進む。岩屋寺は一般の遍路と逆に裏山から入る。雨の
 歩き遍路は悲惨な状態! 雨カッパは着ているが汗で
 濡れてしまうので全身がグショリに成る。ゴアテックス
 なら大丈夫かもしれないが重いので考えてしまう。
  私はポンチョを使用しているがひどい雨だと膝の辺り
 から雨がズボンを伝い靴を濡らしてしまう。そうかと
 いって上下の雨具は小雨や雨が止んだりした時に脱ぐのが
 面倒くさい。雨具の問題は皆悩む所だろうが正解は
 無いと思う。
  ずぶぬれで宿に着く、道路から見るとひどく小さく
 見えた宿は実際には奥に広くて驚いた。女将が自分の
 だんなが凄い人だと誉め続けるのでいやになる。

   宿 民宿一里木

26日目 4月30日

    46番 浄瑠璃寺
  47番 八坂寺
  48番 西林寺
  49番 浄土寺
  50番 繁多寺
  51番 石手寺
  今日も雨、昨日よりは小降りである。国道33号から
 三坂峠を下る。長い下り道は膝に大きな負担がかかる。
 今日は一日で6箇所も周るので張り合いがある。
  しかし、一つの寺で読経して納経するのに30分弱
 はかかるのでそれだけで3時間以上はみないとならない。
 雨だと寺に着いてから雨具を脱いで支度を整えるので
 さらに時間がかかってしまう。浄瑠璃寺は寺の名前が
 美しい。お茶を進められついつい長いをする。
  バイトの青年が以前納経帳を盗まれた事が有ると教え
 てくれた。修行の最中に悪行を働く気になるのは理解
 に苦しむが、遍路を仕事にしている職業遍路という
 人種がいるそうで油断がならない。
  石手寺は道後温泉で有名である。



八十八ヶ寺の中でも最も観光地化された寺に
 は遍路とは無縁の観光客も多い。
  今日の宿はユースホステル。人生初体験である。
 宿にはバイク愛好家が多く泊っている、2段ベットに
 荷物を降ろし、寛ぐ。たいへんに合理的で清潔だが
 プライバシーは無い点が気になる。久しぶりに
 インターネットでサイトに書き込みをする。ネットは
 便利だが無ければ無いで生きて行かれると実感。

 宿 ユースホステル神泉園

27日目 5月1日

  52番 太山寺
  53番 円明寺

  世の中はゴールデンウイーク、遍路宿はほとんど
 予約は要らないぐらい空いているが、心配症の私は数日前に
 ゴールデンウイーク中の宿を全て予約してしまった。本来は1日か
 2日先の宿を予約して進むのだが、5日先まで宿が決まっている
 ので予定は変更がきかない。ほとんどの宿は最悪の場合でも
 相部屋でOKと言えば当日でも宿泊が出来る場合が多いが、
 万が一泊るところが無いと野宿になってしまうのが怖い。
 寝袋などの装備が有れば1泊ぐらいは問題ないが軽装の私は
 たぶん寝る事は出来ないだろう。しかし、5日先となると
 行程で無理が効かない為に、慎重な予定を組まざるおえない。
 まあ、この間はゆっくりと進む事にしよう。

  歩きだして見るとほとんどスピードが出ていない。
 時速2キロぐらいかもしれない。歩いては休憩を繰り返す。
 53番から今日の宿までは海沿いをひたすら歩くのみ。
 単調でますます歩みが遅くなる。おまけに泣きっ面に蜂の
 雨。5時ごろようやく宿にたどり着く。12時間歩いていた
 のだ、予定より3時間遅い。

 宿 月の家旅館

28日目 5月2日

     54番 延命寺
  55番 南光寺
  56番 泰山寺
  57番 永福寺
  58番 仙遊寺

  今日は全行程26キロ。大雨である。
 こうなると靴の中までグッショリと濡れてしまう。
 雨の話ばかりしているようだが、遍路にとって雨は本当に
 辛いのです。永福寺についた頃にはほとほと疲れて寺で
 1時間ほど座りこんでしまった。
57番札所の住職さんは糸井重里さんの<ほぼ日>にエッセイを掲載されて
 いるので興味の有る方はこちら
    本日は寺の宿坊に泊る。58番 仙遊寺は小高い山の頂上に
 有る。宿坊というと何だかきゅうくつな気がして今まで
 一度も泊ろうと思わなかったが、着いてみてびっくり。
 新築の素晴らしい宿坊でトイレにはウオシュレットまで付いて
 いる。完全なバリアフリー設計!驚き!!
  女主人が濡れネズミの私を見て個室を用意してくれた。
 専用のヒーターも運んでくれる。洗濯ものは乾くとして
 問題は完全に濡れてしまった登山靴。中敷をはずし、
 ヒータの風をあてて一晩乾かす。靴が濡れない方法は
 どうも無いようだ。一応防水になっているが一日中雨に
 打たれるとどうしても水が染み込んで来るのだ。

  宿  仙遊寺宿坊
     おすすめです。

29日目 5月3日

     59番 国分寺

  寺の宿坊は朝にお勤めが有ります。だから5時に出る事は
 出来ない。お経をあげて住職の説教を聞く。朝食もゆっくり
 いただいて寺を後にする。久しぶりにのんびりした気分だ。
 昨日完全に乾かした靴が気持ちがいい。天気も快晴である。
 足取りも軽い、人間の回復力には本当に驚く。

    宿 栄家旅館

30日目 5月4日

  60番 横峰寺
  61番 香園寺
  62番 宝寿寺
  横峰寺は標高700メートル、遍路にとっては難関の一つである。



 登山道はかなりの勾配で息がきれる。宿から4時間で到着。
 現在は車で参拝が出来るようになったが昔は皆歩いて昇るしか
 方法が無かったのだ。空気が澄んでいて気分がはれる。
 ひらけている場所に腰掛けては休憩するが本当に心が洗われる。
 香園寺はとんでもなく近代化された寺、寺と言うよりも
 新興宗教の本部というような趣である。地元では安産のご利益
 があるとの事で<子安さん>という名で親しまれているようだ。

  宿 ビジネス旅館小松

31日目 5月5日

  63番 吉祥寺
  64番 前神寺

  ゴールデンウィークも今日で終わり。団体の遍路はゴールデン
 ウイークは避けているそうで今日あたりから寺が混雑する。
 予約していた宿にはあまりにも早く着きそうなので初めて
 キャンセルして先に進む。途中から昨日の宿で一緒だった男性と
 歩く。彼は長い休みを取れたときに区切り打ちで遍路をして
 いるという。今回は65番までの予定だと言う。
  歩き遍路でも私のように1番から88番までを一気に周る事を
 通し打ちと言い、彼のように何度かに分けて周る事を
 区切り打ちと言う。一緒に歩く事を同行すると言い。お互いを
 同行さんと言ったりする。
  今日の宿は予定の宿よりも6キロ程先の旅館を予約した。
 女将さんは自分も歩いて遍路した経験の持ち主でとても優しい。
 感謝!明日は5時に出るので朝食はおにぎりにして下さいと
 言うと「食事は5時前に用意しますよ、食べて行きなさい」
 おまけに泊り客は私一人で有る。有り難い!感謝!!

 宿 五葉松旅館

   女将さんが本当に優しくておすすめ!

32日目 5月6日

    65番 三角寺

    早朝に女将さんの好意で朝食を頂き元気に出発する。
 先日の同行さんと7時頃に再び出会う。彼は私よりも先の宿を
 7時前に出た所だ。7時頃に出発して夕方5時頃まで歩くパターン
 と私のように朝5時には出て、午後2時には宿に入るパターン
 どちらが良いのかは好みだが、毎日知らない道を歩く為に
 常に道に迷う事も考えなければ成らない。早起きパターンの
 場合は万が一2時間程度道に迷っても夕方には宿につけるので
 安心だと思う。早起きは三文の得かな?
  三角寺で同行さんと別れる。彼はここから電車で帰るという。
 短い間の出来事だったが良い思いでになった。
  今日で愛媛県は終わり、明日からは最後のステージに
 突入である。

 宿 民宿岡田

                   
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2001'04.12.01:53

旅(2)

遍路記録 1徳島県「発心の道場」4月5日~4月11日 7日間

遍路記録 2高知県 「修行の道場」4月12日~23日 12日間

遍路記録 3愛媛県 「菩提の道場」4月24日~5月6日 13日間


遍路記録4 香川県 「涅槃の道場」5月7日~13日 7日間

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遍路記録 2 高知県 「修行の道場」4月12日~23日 12日間

8日目 4月12日

徳島県を出て高知へ向かう。24番最御崎寺までの83キロ
を2日かけて歩く。精神が鍛えられる修行の始まりだ。

途中はほとんどがアスファルトの国道で肉体的にも、
精神的にも負担がかかる。
国道の脇の歩道は普段歩いている時には
別に気にならなかったが、水はけの為に多少傾いている。
これが歩いていると片方の足だけに体重がかかって
片足への負担が重い。

よたよた歩く私の傍らを団体の遍路さんを満載したバスが
猛スピードで走り去って行く。
彼らが2時間もかからずに着く寺へ、私は2泊3日でたどり着くのだ。
でも彼らには見えない道端の花が私へのご褒美なのだ。

今日は35キロ先の海部町をめざす。
これまでの行程で自分なりのリズムが出来つつ有る。
1時間歩いては15分程度の休憩を繰り返す。
お店の軒先などに遍路用のベンチやイスが置かれている
のが本当にありがたい。靴を脱いで足の裏を揉んだり
熱を冷ましたりする事が足のマメを防ぐようだ。

朝 5時 には宿を出て、10時間を上限に歩く。
10時間以上歩く事は可能だが宿に着くのが遅くなり、
足の疲労が取りきれない、、、

目標としては 2時 には宿に着き、洗濯や風呂を
早く済ませる事が疲れを取ることに役立つ。
平地ででは35キロ~40キロは歩けるが途中に山昇りがあると
極端に速度が落ちる、、、
山登りでは時速は2キロ以下に落ちてしまう。しかし山の中は空気が
綺麗で車も排気ガス充満のトンネルも無いので気分は最高だ。
噴出す汗も少し座りこんでいると冷たい風であっというまに引いてゆく。

古い遍路道をなるべく歩くようにしよう!

宿 みなみ旅館
  08847-3-1373
  この宿はお薦め出来ない!

9日目 4月13日

今日も寺は無い、歩いても歩いても目標が無い
単調なリズムで歩くときに金剛杖が役に立つ
杖は長いので後ろに強く押すことで体が前に
強く押し出されてともするとゆっくりとなる
歩きのスピードを保つ事が出来る。
杖についた小さな鈴が鳴るのもリズムが取れて
はずみがつく、、

左手に大きく広がる海に気分が慰められるが、
海沿いの国道をずっと進むのでとにかく飽きる。
今日は33.5キロの行程で24番の手前15キロに宿を
設定しているのでさほど急ぐ事もない。

途中の浜辺はサーファーでにぎわっていた。
宿にもサーファーが泊っていた。
この宿は家族がみな協力して頑張っているようで
後継者も心配ない。料理もおいしかった。

宿 民宿とくます
  08872-7-2475
  ここはいいね、お薦めです。

10日目 4月14日   

  24番 最御崎寺
  25番 津照寺(しんしょうじ)
  26番 金剛頂寺 

24番室戸岬の最御崎寺に8時半に着く。



前の寺から2泊3日で到着、、、
室戸岬というと台風の予報などで聞いた事はあってもまさか歩いて来るとは、、
弘法大師はこの岬で悟りを開いたらしいが、私は何も変わらないのか?

相変わらず朝の5時には宿を発って歩いているので境内は人も少ない。
遍路の姿は徳島では歩いていてもたくさん見かけたが
高知県に入ってからはめったに途中で会う事も無い。
宿で出会った人たちは今頃どこを歩いているのだろう?

25番から26番と寺は近くて張り合いが出る。

宿は吉良川<キラガ>という由緒ある街。
古い白壁の住居が並んでいて美しい。宿の手前に古い
屋敷を喫茶店に改装した店に入る。



遍路を始めてからこんなに気分的に
余裕が感じられたのは初めてだ。だいぶ余裕が出てきた
のかも知れない。cafeの名前は<蔵>
良い感じの喫茶店だった。道路の脇によく見かけた
無人の販売所で売っていた<小夏>のジュースを
注文した、小さな夏みかんのような小夏は
すっぱくてたいへんに気に入ってしまった。

宿は私一人きりで素泊まりのみなので
愛用のビーチサンダルを履いて散策。
夕食は近所の居酒屋に入る。地元の人に歩きで回っている
と言うとしきりに関心されてビールをとにかく薦められる。
高知の男と酒をくみかわすのはかなりキツイ。
彼らのカウンターにはビールの空き瓶が10本以上
置かれているのだ。
地元の人でも歩き遍路は少ないというより居ないそうだ。

かなり酔ってしまった。
今日は本当に楽しかった。始めて感じた余裕の1日。

宿 民宿ホワード
  素泊まり3500円
  安いが寝具などは快適でした。

11日目 4月15日

   27番 神峯寺

寺へは本当に急な昇り坂。ばてた!

寺への上り坂の入り口の民家に荷物を預けて登る遍路も
多いようだがあいにく人影も無かったのでリュックをしょったまま登る。
これが胸突きというような急なところも有ってふらふら、、、
途中の休憩では素晴らしい眺めに癒される。
寺からの帰りは登ってきた坂をひたすら戻るのみ、
同じ道を戻る事はどうにも辛い。

ここからの記憶が定かでないが、とにかく海沿いを
ひたすら歩く。はるかかなたに町並みがかすんでいる
「あそこまで行くのか?」
考えると気分が滅入る。

途中の道端で<アイスクリン>というキャンディーとアイスを、
足して2で割ったような物を暑さしのぎに食べた。
高知ではあちこちの公園などで小さなノボリを立てて売っている。
1日何本売れるのだろうか?大きなお世話な事を考えたりした。

昨日は快調だった足が今日はかなり痛む。
足の痛みとの戦いだが言葉に出来ない。

阪神がキャンプを張る安芸が今日の宿がある目的地
ホテルに着いて食堂で<から揚げ定食とかつカレー!!>を
たいらげてしまった。
自分でもこんなに食べられる事が不思議だ。

これが体重増加の危険なサインだったのだ。

宿 ビジネスホテル弁長
  素泊まり4800円

12日目 4月16日

   28番 大日寺
 29番 国分寺
 30番 善楽寺
コースは高知の市街に入った。

30番についたのが14時過ぎ。
29番からの道のりが本当に長く、道しるべの分かり にくさも有ってまいった。
車の起こす風と排気ガスは遍路の大敵!せまくて
歩道さえ無い国道は車がすぐ横をすりぬけるので怖い。

30番善楽寺の宿坊も寺のそばの宿も満員で今回の遍路で初めて断られる。
その結果1時間以上かけて次のホテルを目指す。
いやはやこの1時間は3時間以上に感じた。
足はひきずっているよう状態。

ホテルで洗濯をしていると小鳥が駐車場の
上をくるくると旋回している。変わった飛び方だなと
しばらく見ていて蝙蝠(こうもり)だときずいた。
蝙蝠を見たのは始めての事でしばらく見とれてしまった。
宿 ビジネスホテル空港

13日目 4月17日

   31番 竹林寺
 32番 禅師峰寺
 33番 雪渓寺
 34番 種間寺

竹林寺でろうろうと経を読む坊さんとおぼしき遍路に出会った。



寺のかなり手前でも彼の読経は聞こえたのだが
近くで聞くとマイクでも使っているぐらいのボリュームだ。
私のは蚊が鳴いているようにかぼそいのである。
この坊さんには次の寺でもその次でも出会った。
彼は車で回っているらしいが寺で1時間以上お経をあげるらしい。
形ばかりで心のこもっていない参拝を繰り返している私には
耳の痛い読経だった。

宿 ビジネスイン土佐
  素泊まり

14日目 4月18日

   35番 清滝寺
 36番 青龍寺(しょうりゅうじ)

朝荷物をホテルに置いたままで35番を目指す。
またまた苦手な<打戻り>である。
しかし荷物は納経道具だけで足取りも軽い。
35番は小高い山の中腹にあり。境内からの眺めが気持ちがいい。

同じ道を戻るはずが油断して迷った。
なんとかホテルに戻り荷物を背負って36番へとひたすら歩く。
青龍寺の手前で車で遍路をしている方に
1000円の接待をいただいた。ありがたい!

36番を参拝してから宿までの20キロが
果てしなく長く苦しい。リアス式海岸なので反対岸がつねに見えている。
泳いで行きたいぐらい近くに見えるのだが歩くと時間がかかるのだ。

緑色の文字の文章は<国民宿舎 土佐>のHPからの抜粋です、、、
こうした文章に遍路への心配りが溢れている。
歩き遍路さんへ
まだまだ元気な人   三十六番札所・青龍寺から奥の院への登り道を15分登って下さい。
もう歩けない人     三十六番札所・青龍寺からご連絡いただきましたらお迎えに伺います。
青龍寺までたどり着けない人  途中からご連絡いただきましたらお迎えに伺います

上の文章でも判るように多くの歩き遍路がこの辺りまで来ると足の痛みなどに悩まされている。

ほとほと疲れ果てて途中で道端に座り込んで動けなくなってしまう。
足の痛みがひどいのと慢性的な疲れだった。
電話で今夜の宿に「後どのくらいで着くのか見当がつかない」と言うと。
「あんたの居る所から何が見える?」と聞かれた。
 「大きなコンクリート工場だ」と答えると。
「もうすぐだよ」と言われ気力が少し出る。結果はそれからさらに1時間以上かかったが
やっとの思いで宿に着く。時速2キロ以下のスピードかもしれない。
足は崩壊寸前だ。

宿の女将さんが<ブンタン>をむいてくれる。
グレープフルーツのような形状のみかんだが
おいしかった。歩いている途中の無人販売所に山ずみ
になって売っているがどれも5個ぐらいが袋ずめになって
いるので重すぎて手が出なかった。なんでも当り
はずれが有るのでこんなに美味しいのは珍しいと
言っていた。ここにもショーケンが泊ったらしい。

宿 司旅館
 建物はぼろですがご夫婦が遍路を大切にしてくれる。

  15日目 4月19日

   37番 岩本寺

宿から37番までは35キロ、足を引き摺りながら
歩くがなかなか進まない。
記憶も定かでない。

今日の宿は寺のすぐそばである。
多くの遍路相手の宿は後継者がいないらしい
遍路は現在ちょっとしたブームだが多くの遍路は車で移動するので
宿は寺のそばである必要は無いのである。
大きな旅館に客が流れて遍路宿は衰退の一途をたどる。

今日の旅館の女将さんもたった一人で切り盛りしている。
階段を後ろ向きに昇っているが膝が痛むらしい
10年後はほとんどの遍路宿はつぶれてしまうのでは?
心配だ。車をつかう巡礼は10キロ20キロ先の宿へ
足を伸ばすのは簡単だが、歩き遍路はそうはいか
ない。行程を伸ばせても5キロがいいところで
無理をしてしまうと、次の日は思うように進めない。
新しい宿ができるのだろうか?そうは思えないな。
「野宿も覚悟」となるのかもしれない。

宿 伊予屋旅館

16日目 4月20日

38番金剛福寺への87キロは全行程の中でも指折りの長さ、
この間 3泊!である。今日は35キロ先の宇宿をひたすら目指す。
高知県が<修行の道場>と呼ばれているのが実感出来る。
肉体的にも単調な毎日に精神的に疲れが出るようだ。
うすき旅館に着くと宿には誰も居ないのでかってに上がって待つ。

この宿の主人はかなりの趣味人で庭に古い
ポルシェが置いてあった。現在は息子が庭に
ペンションを建てて後を引き継いでいるらしい。
夏は客も多いのだろうが今はさびしい状態。

話をしていると話題がショーケン(萩原健一、
彼は四国では有名な遍路さん)の話になった。


ある日彼が突然予約もなくこの宿にたどりついた、
完全に足を痛めたようで「もーだめだ、これ以上
歩けない、帰ると」わめいていたらしい。ご主人は
「まー帰るのはいつでも帰れるから、、」と慰めて
車を飛ばして隣街からうまいマッサージさんを
呼んで来て治療をしたところ、ショーケンの痛み
が嘘のように治って、階段を嬉しそうに何度も
昇ったり降りたりしていたらしい。
その後「必ず、最後まで歩いて帰京したら必ず手紙を
書きますから、、、」といっていたが後日手紙は
こなかったらしい
彼らしいエピソード。<笑い>
ショーケンは四国では高倉健より有名です!!  <笑い>

宿 うすき旅館

17日目 4月21日

今日もひたすら歩くのみ。
宿からまだ暗いうちに出る。近所の自動販売機のコーヒーを飲んで目を覚ます。
雨がかなり降っている。ポンチョをかぶるが汗でむれて、
雨で濡れているのと変わらない。

この辺まで来るとあまり遍路さんと会わないのも寂しい。

お昼は途中のガレージの屋根を借りておにぎりを食べた。
今日の宿は私が思い出してみても一番印象に残った宿。
ご主人は昔捕鯨船の乗り組み員で海の男、奥様は
本当に遍路の気持ちを解る方でした。田舎が無い
私ですが、故郷に帰るとはこんな感じかな?と感じました。
料理は漁業組合員の特権とかでなかなかとれない
旭ガニ<あさひがに>を出してくれました。蟹は
苦手な私ですが、気持ちが嬉しくてきれいに食べま
した。その他海の幸が食卓に満載でした。
「ごちそう様でした。」

宿 民宿旅路
  お薦めです。

18日目 4月22日

   38番 金剛福寺



朝はご主人がバイクで先導してくれる、
「ここが間違いやすい、、、、、」等親切に教えてくれる。
奥様は歩いている私が見えなくなるまでずっと手を振ってくれる。
私も振り返り振り返り手を振った、、、
いい人達だ、心から遍路の事を思っている事が伝わる。

今日は荷物を民宿旅路に置いて38番に参りその足で、
全く同じ道をUターンして戻って来る。
<打ち戻り>というのだが全行程でもこの戻りの距離は長い。
しかしリュックを背負っていないので足取りは軽い!!!!
いかに荷物の重みが行程に影響を与えるかが実感できる。
足摺岬の山頂にある金剛福寺はかなり観光地化していて
賑わっている。掃除が行き届いた境内が気持ち良い。
昼には38番を参り、来た道を折り返す。
どこか眺めのいいところで作ってもらった弁当を
食べようと場所を探す。

海を見下ろす岸壁(100メートルの断崖)に座り込んで食べていると
後ろの道を行く車が何台も止まって私を見ている。
なんでかな? その時は分からなかったが、
疲れきって<靴を揃えて脱いで断崖に座っていた>ので自殺でもする
んじゃないかと心配していたのだと後で気が付いた。<苦笑>

民宿旅路に戻り荷物を受け取りさらに来た道を引き返す。
この同じ道を戻るのは本当にきつい。

宿 民宿くもも写真が豊富なサイトです。

19日 4月23日

   39番 延光寺

今日から北を目指す。海とはしばらくお別れだ。
山間の道は空気もうまく、車も走っていないので安心だ。
途中で寝転んで休んでいると車が止まって声をかけられた。

「大丈夫ですか?乗っていきませんか?」

本当にありがたいが一度乗ってしまったら最後で
苦しいときに何度でも車に頼ってしまうのが判っている。
丁重に辞退した。

延光寺のそばに無人のお土産屋さんが有ったので
妻の誕生日用のプレゼントに刺し子の巾着袋を買った。
料金は箱に投げ込んで置くのだ。
遍路は悪い事は考えない!という信頼の証です。
宿はとても古く <五右衛門風呂> 初体験、、、
ここでお遍路の天敵は

1 車、特に猛スピードのダンプ
2 アスファルト道
3 長いトンネル内の排気ガス
4 雨

宿 若松旅館
  お薦め出来ない。


教訓

高知県に入ると寺と寺の間隔が非常に長く単調です。
海を左にずっと見ながらの国道を歩く事になります。
精神的に非常にキツイ行程。
しかし実際には高知に入ってしばらくすると全行程の半分に到達している。
寺は少ないが距離的には伸びると自分を慰めましょう。

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2001'04.05.01:50

旅(1)

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遍路記録 1徳島県「発心の道場」4月5日~4月11日 7日間

遍路記録 2高知県 「修行の道場」4月12日~23日 12日間

遍路記録 3愛媛県 「菩提の道場」4月24日~5月6日 13日間


遍路記録4 香川県 「涅槃の道場」5月7日~13日 7日間

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遍路記録 1

徳島県「発心の道場」4月5日~4月11日 7日間

  1日目 2001年 4月5日

    1番 霊山寺
   2番 極楽寺
   3番 金泉寺
   4番 大日寺
   5番 地蔵寺

 早朝の羽田空港からJASで空路四国着。
 徳島空港からタクシーで霊山寺へ



 1番に11時30分着 遍路用具を一式購入
  これが結構な金額になります、、、
 期待と不安が入り混じっている。
 ここでにわか遍路に着替えてそわそわと1番を後にして右も左も判らずに2番極楽寺へ。

 慣れない納経にてこずる。般若心経を読む声は
 蚊が鳴くようで自信もない。とにかく先へ
 とにかく早く次へ行きたいとしか考えられない。
 途中早くも道しるべを見失い心細い気持ちで誰も居ない道を一人歩く。

 4番についた頃には早くも足が痛み出して前途が思いやられる。
 5番を参拝した後、足のひどい痛みに今晩の宿につくのに苦労する。
 宿は6番安楽寺の少し手前に有るのだが、
 足が痛いし道は判らないはでへたり込んでいたら、
 そこは今日の宿の100メートルぐらい手前、
 宿の人が心配して玄関からこちらを見ていた。
 宿から見える道端に途方にくれて30分以上座っていたのである。<笑い>
 聞けば予約の遍路が一人だけ着かないので心配して探していたとの事。
   風呂に入り一息ついた。
 興奮しているのだろう、、、疲れきっているのに眠れなかった。

   宿 民宿 寿食堂 
   民宿といってもかなり大きいし新しい部屋で気持ちが良い。
   0886-94-2024

2日目 4月6日

 6番~11番

  6番 安楽寺
  7番 十楽寺
  8番 熊谷寺
  9番 法輪寺
  10番 切幡寺
  11番 藤井寺

    朝は7時少し前に出る。6番安楽寺はすぐ近く
 7時に1番乗りで納経、8番熊谷寺で錦の札を発見
 錦<にしき>の札とは遍路が納める札であるが、
 遍路を回った回数で色や材質が異なる。
 錦の札は100回以上回った遍路が特別注文で作る織物の札
 ご利益が有ると言われている、、、

 この寺の境内で地元の人からリュックの
 背負い方を教えてもらう。私は肩ヒモを長くして
 腰でしょっていたのだが、「それじゃ―ッダメだ!」
 もっと短くしろとぎゅーーーと肩ヒモを絞られる。
 背中が伸びるほどのきつさだ。しかし荷物がピタリと
 くっついているので軽く感じる。
 この背負い方は本当に役立った。
 10番切幡寺から11番は距離が長く途中何度も
 靴を脱いでは休憩の連続!

 15:05に11番 藤井寺に着くがしばらく
 境内で足を揉んでいた。団体の遍路がバスで
 たくさんやってくる。ベンチで靴を脱いで疲れ果てて
 座っている私に「歩きですか?えらいねーー」と
 多くの人が声をかけてくれる。

 藤井寺の境内に隣接して民宿が有るのだが
 東京から予約をした時点で満室だったので
 今夜の宿はここから来た道を戻って
 45分程の距離、駅のそばに有る。とにかく進む事だけを
 考えているので戻る事にはかなり抵抗がある。
 しかも明日はその道をもう一度11番まで戻って
 来なくてはならない。12番への登山口は11番
 藤井寺の境内の脇に有るのだ。

 宿 ビジネスホテル双葉
   ホテルと名乗って欲しくないなー
   夕飯はモスバーガーでのんびりする。
   0883-24-8989

3日目 4月7日

  12番 焼山寺



   宿を4時少し過ぎに出る。この時間だと真っ暗で月明かりが頼り。
 11番の藤井寺のそばの宿が取れなかった為に1時間近く離れたホテルに泊るはめになった。
 その宿から今日のスタート地点11番まで40分かけて戻る。
 昨日来た道なので迷う心配が無いのが唯一の救いだ。

   5時には藤井寺に着いたがまだ暗くここからの山道は
 暗くて道が見えないので藤井寺境内で30分ほど休憩して日の出を待つ。
 今日は<遍路転がし>と言われる難所登山にたじろぐ。
 昇り道は速度時速2キロと考えて8時間の行程を考えていたが、
 意外に早く6時間半で12時には12番焼山寺に到着。
 非常に疲れたが何とかクリア出来た喜びに包まれる。
 噴出した汗が山頂の冷たい風で引いていくのが本当に気持ちがいい。

 昼を食べながらなかなか出発する事が出来ない、
 初めての宿で同室だったKさんと境内で再会。

   13時半にやっと重い腰を上げて宿を目指して下山。
 焼山寺から4時間半かけて今夜の宿に這うようにして到着。
 昇りよりも長い下り坂のほうが足への負担が大きい。
 これにはまいった。

   宿 植村旅館
   この旅館の女将さんは本当にいい人で
   もしも次回が訪れる事が有ったら
   迷わず又訪れたい。
   この日に泊まったご夫婦は宿の階段で転倒して明日には帰ると言っていた。
   遍路転がしで足を酷使したのが原因だろう。
   0886-78-0859
   7500円 ビール2本込み

4日目 4月8日

    13番 大日寺
   14番 常楽寺
   15番 国分寺
   16番 観音寺
   17番 井戸寺

 宿を5時に出る。不思議な事に4時には
 目が自然とさめてしまうのだ。自然のリズムに
 まかせて今日一日を生きることしか考えていない。
 というよりも考える余裕がない。
 毎日<有る意味でゆとりのない状況>が続く。
 遍路とは世の中の雑事から隔離されてゆく道なのだろう。

 やる事、やるべき事は、とにかく歩く事。
 歩いて歩いて歩いて一つ先の寺へまた一つ先の寺へ。

   徳島県内は寺と寺が比較的近く張合いが持てる。
 弘法大師の遍路さんへの大サービスか?

 大型バスで団体遍路が大挙してやって来る。
 台車に山と積まれた納経帳と掛け軸をバスガイドが小走りに運んでくる。
 団体の遍路達は自分で納経所へやってくる事はないのである。
 納経所というのは現代風に約すとスタンプラリーのノートに
 はんこを押してもらう所です。
 朱印と墨でお寺の名を記入してもらう代金は300円。
 団体客は参拝が終われば納経も終わってオートメーションで次の寺へと
 走り去る、、この大群に出会ってしまうと朱印を
 いただくのにかなりの時間がかかってしまう。
 多くの寺は<歩き遍路>が並んで順番待ちをしていると
 先に納経をしてくれるので心使いがありがたい。
 しかし「並ぶのも修行じゃ!」とのたまう坊さんが
 居るのも事実である。13番の納経所では歌謡曲が
 流れていて、「あなたに抱かれて私は蝶になるー」
 これは興ざめだった。

 山の中の遍路道には多くの道しるべが有って迷う心配は無いが
 町中は道しるべも少ない。途中道しるべを見失い
 心もとなくなるが、なんとか徳島の市街
 に入る。阿波踊りの街を一人足を引き摺り
 ながら歩く遍路はみすぼらしい。なんで
 こんな事やってるのかと自問するが答えが
 見当たらない。賑やかな駅前の靴屋で中敷を厚い物
 に交換する。すこしかかとの痛みが和らぐ。

 一日の疲れを取る宿はどうしてもホテルを選んでしまう、
 ホテルと言ってもビジネスホテルだが、相部屋
 は自由がきかないのが嫌だ。特に私は朝4時には
 足にテープを張ったり着替えたりするので、
 宿の朝食を食べてから出発する遍路さんとの
 相部屋だと気が休まらない。

   宿 ビジネスホテルオリエント
   可もなく不可もない。
   5100円 夕食400円
   0886-25-2827

5日目 4月9日

    18番 恩山寺
   19番 立江寺

 足のテーピングに時間をかけて朝は始まる。
 肉刺は出来ていないのが救いである。足にマメが
 出来る事は避けたい。今日は大きな国道を
 ずっと歩いたが排気ガスにはまいってしまう。

 途中で学生とすれ違ったが遍路姿の私に
 大きな声で挨拶をしてくれる。四国が1000年
 をかけて作り上げた習慣なのだろう。元気が
 出る。今日は行程的には短めなのだが、
 初めての雨に打たれる。ポンチョで雨に濡れる
 事はないのだが汗で蒸れてシャツが気持ち悪い。

    20番鶴林寺の麓の宿に2時前に着いてしまう。
 玄関には大きな荷物が置いて有った。先に着いた
 遍路さんが荷物を置いて20番に昇って戻って
 来るつもりなのだろう。

 寺と宿の距離がうまくとれないとこんな日も
 出てくるがゆっくりと休養を取るのもいいと
 なぐさめる。まだまだ先は長いし、明日は
 難所がひかえているので宿でのんびりする。
 早く宿に着くと洗濯も風呂も待たなくて
 いいので時間を有効に生かせる。脚をとにかく
 揉んだりしていたわる。初日の宿で同宿だった
 Kさんも夕方に到着する。自分のペースが思った
 程遅くない事に安心した。

 宿 民宿金子屋
   ここは気に入った。
   08854-2-2721

6日目 4月10日

   20番 鶴林寺
  21番 太龍寺

 今日は遍路が恐れる難所の一つ。二つの山の
 頂上に有る寺をめざす。

 宿の裏からすぐにきつい昇り、初日の宿で
 主人がここをクリア出来れば、最後まで
 行けると行っていたのを思い出す。
 20番鶴林寺に昇ってすぐ下り、また21番太龍寺に昇って下り
 とアップダウンがきつい行程。しかし、
 5時には宿を出ているので時間的には
 余裕が有る。もしもこの山道を大雨の中で
 進むとなったら本当にたいへんだろう。
 晴天に感謝する。

 朝ご飯はおにぎりにしてもらって
 いるので好きなところで食べる自由も有る。
 宿で朝食を食べるとなれば早くても6時半、へた 
 すると7時過ぎになってしまう。早起きは
 三文の得を実感。早く出れば万が一道に迷って時間を
 ロスしても時間的に余裕が有り冷静に判断が利く。
 初めての道を毎日探して歩いているのでいつ迷子に
 なっても不思議では無いのである。

 宿 民宿龍山荘
   太龍寺の麓で一番近いし綺麗でお薦めです。
   0884-25-0658

7日目 4月11日

   22番 平等寺
  23番 薬王寺

 今日は第一クールのゴール(遍路は四国4県の一つ一つが
 ステージ<道場>になっている。)薬王寺をめざす。
   なんとなく足取りも軽い。しかし、
 足の痛みはピーク。どこからか全く痛く
 無くなるのだろうか?それとももっとひどく
 なってしまうのか見当もつかない。

 23番薬王寺に昼過ぎに着いた。



     同行のKさんと今日はずっと一緒に歩いた。彼は今日で故郷に一度帰る
 というので二人で昼を食べながら一区切りついた事をビールで祝う。
 ほとんどの歩き遍路はこうして日程の許す範囲で区切りながら、
 歩いている。これを<区切り打ち>という。
 私のように八十八ヶ寺を1度に回るのは<通し打ち>という。

 徳島県を無事に乗り切ったのだ。 
 Kさんを駅まで見送って宿に入る。
 Kさんは私と年がほとんど同じだが癌で亡くした
 奥さんの供養で遍路を思い立ったという。
 今日でいったん帰るがおそらくすぐにまた
 ここから歩き始める事だろう。結願を願わずに
 はいられない。

 商店街で足のテーピングを買う。肉刺が出来て
 いないのはテープで保護しているからである事は間違いない。
 もう1点は靴下、先が指5本に別れている薄手のものに厚手の登山用靴下の2枚重ね。
 少々暑苦しいがマメの痛みを様々な人がHPなどに書いているので用心用心。
 備えあれば憂いなし!

 宿は予約した時に少し高いな?と感じたが
 徳島県を終えたお祝いと思って10000円!
 料理が豪華で驚く。10品にも及ぶ料理を久しぶりに楽しんだ。
 体重が増えてきたような気がする、、、
 ほとんどの歩き遍路は5キロから10キロ程体重が減るようだが、
 遍路に出る前に本当に不規則な生活をしてやせ細って体調が悪かった私は、
 朝早く起きて30キロ程を歩き、3食をきちんと摂るのだから多少は太るかも知れない。

 荷物をF1並<笑い>に削っても体重が増えてしまう
 と足への負担が増加してしまう。あまり太るのはひかえたい!
 明日からは高知県で寺と寺の距離が非常に長いので気が滅入る。
 これからが修行だなー。

 宿 民宿きよみ
   建物はしょぼいが料理は料理旅館といった感じ。
   08847-7-0550

教訓

 23番までの徳島県内は全行程の中で足を慣らす、又は
 これからの厳しい行程の為に体を鍛えるような
 準備の期間のような気がする。気がはやって
 先を急ぎがちだがここで無理をして足を痛める
 人が多いようだ。もう1日ぐらい掛けるゆとり
 でもいいぐらいだろう。これは後になってから
 気が付いたことで当時はそんな余裕は全く無かった。
2003/08/18 大幅加筆
2003/08/30 加筆

   
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2001'04.04.02:00

旅(仕度編)

★★ 四国遍路ひとり歩き同行二人
著者   宮崎 建樹
発行所  へんろみち保存協力会
〒791-8075  松山市ひばりケ丘5-15
電話         089-952-3820 

  http://www.manekineko.ne.jp/hatsuo/hon.html 歩き遍路の必読ガイド!!!!

お寺でも販売されているが出発の準備段階で1読すると良い。
実際に読んで見れば分かるが行程が複雑でページが飛んだりするので、
事前に印などをつけておけば現地に行ってから便利です。
私はこの冊子の地図をその日の行程が載っているページ
だけを切り取ってビニール袋で雨対策をしてウエストポーチに入れて歩きました。
理由はガイドは大きいのでリュックにしか入らない、迷いそうなときに
リュックから取り出すのは結構たいへんで勘に頼って道をロスする。
ビニールは厚手のチャックが付いているものや冷凍用のフリーザー袋
などに入れれば雨降りの時になれば絶対に効果テキメン!!

★★軍資金

多くの人に聞かれたのは「いくらぐらいかかった?」という質問です。
私の場合は初めての遍路ですし、体調にも自信がなかったので1度も野宿はしませんでした。
登山靴などのほとんど全ての用具も今回揃えました。

四国までの交通は行きは羽田から飛行機使用、帰りは大阪から新幹線を使いました。
宿は遍路宿、ビジネスホテルなど1日6000円見当。
宿での食事はこのサイト!全食事写真付き、、、
予想外にかかったのは喉が渇いて投入する缶ジュース類の代金。

それら全てで総額は60万ぐらいでした。
当初考えていたのは50万円ですが少々オーバーしました。
歩いている間は1日1万円が目安となるでしょう。
お金は郵便局のカードで数万ずつおろして多くのお金を持ち歩く必要は有りません。
郵便局は1日の行程で数軒は行き当たります。
注意するのは週末にお金が足りなく成る事です。
ゴールデンウイークの間も遍路宿は料金が高く成ったりはしません。

★★遍路 身支度

1番の売店でにわか遍路に変身する。
意外にお金が掛かります、後で知ったのですが1番の
売店は値段的にお高い!地元の仏具展などで扱っている
場合が有りますので用意してゆくのもいいかも。

★★和袈裟(わげさ) 1500~4500円

  白のTシャツに和袈裟でも案外お遍路さんに見える。

★★白衣 2000~3500円

  遍路さんの制服!昔はこのまま行き倒れた時に埋葬
  出来るように死装束として機能していた。埋葬に
  必要なお金を縫いこんでいた遍路は地元の人達が埋葬して
  地蔵を立てて供養したとの事。

★★笠        2000円~

  これは強い日差しをさえぎり、ビニールのカバーで
  雨で頭が濡れる事も無いので良く出来ている。
  これも行き倒れて埋葬するときに土を饅頭のように
  盛り上げてその上にかぶせる事で墓に早変わり。
  そのためにお経が四方に書き込まれている。

★★金剛杖 1500~2500円

  杖なしで歩くのは非常に疲れます。疲れた時に杖で
  後ろに強く突くと弘法大師が押してくれているような
  気がします。全行程で20センチ以上短くなるので
  購入時点ではなんとなく長い!
  この杖は遍路さんの埋葬時のは卒塔婆に成ります。
  握り手のカバーをはずすと経文が、、

★★ずた袋 2000・3000円

  私は意気込んで防水で高いのを選んだのだが、リュックを
  背負いながら肩からずた袋を斜めにかけていると非常に
  歩きにくい。リュックに入れて歩いて寺についたら取り出
  していました。しっかりとした袋はかさばりリュックにも
  しまいにくいので安い袋でOKだと思います。
  経本 ろうそく線香 納経帳 ライター 等を入れます。 
   ★★鐘       3000円~

  初めは買いませんでしたが、遍路さんが歩くときに鳴る音色
  が好きになって長尾寺で購入。奮発して高いものを購入。
  朝早い時などは街中等では遠慮しましょう。地元の人たちは
  この鐘の音で春が来たと感じるそうです。

★★数珠  700円~

   ★★納め札 200枚 200円

   各寺で2枚を納めます。住所などを記入する箇所が有ります
  遍路の回数によって白から金や錦など種類があります。

★★納経帳 1900円~

  これは納経に必要です。かさばるしかなり重い。1箇所の
  納経代は300円で88箇所ですからかなりの金額になり
  ます。盗られたり無くしたりしないように購入したら名前を
  書き込みましょう。全部納経が完成した納経帳は実際に
  かなりの金額で売り買いが闇でされているようです。

★★経本 500円~

  般若心経などの経本。

★★線香 500円

★★ロウソク 500円

 身支度は必要ないという人も居る事は事実です。私もこだわる
 必要が無いと遍路に行くまでは考えていました。
 しかし、実際に遍路を続けるうちに身支度もお遍路のうち!
 そう感じるようになりました。一つ一つの物に歴史が有り、
 意味が有る事を学ぶ事でそう考えるように成ったのかもしれません。
 疲れて寺に辿り着いた時、門をくぐる前に白衣などを整えると
 非常に気が引き締まりました。

 四国では日常的な遍路衣装も東京ではきわめて異質でざすがに
 これを纏って歩く事は出来ません。でも四国の風土には
 やさしく溶け込んでしまうのです。

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